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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)186号 判決

控訴人(被告) 京都信用金庫

右代表者代表理事 井上達也

右訴訟代理人支配人 島田茂

右訴訟代理人弁護士 吉永透

同 栗山忍

被控訴人(原告) 石川清正

右訴訟代理人弁護士 柴田耕次

同 山村忠夫

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、被控訴人

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は控訴人の負担とする。

二、控訴人

主文同旨

第二、当事者の主張

一、主位的請求原因

1. 別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)は、被控訴人の母である金再鶴が所有していたものである。

2. 金再鶴は、昭和五八年一一月八日に死亡し、同人の夫である尹明均及び子である被控訴人他五名の合計七名(以下「本件相続人」という。)が本件不動産を共同相続したが、その後、共同相続人間で、他の相続人に相当額の代償金を支払って本件不動産の所有権は被控訴人が単独で取得する旨の協議が調った。

3. 被控訴人は昭和六一年七月ころまでに右代償金を完済し、本件不動産の所有権を単独で取得することとなった。(ただし、登記簿上は、尹福麗ほか四名が本件不動産を共同相続し、次いで昭和六一年七月一一日被控訴人が同共同相続人らからこれを買い受けてその所有権を取得した旨の登記がなされている。)

4. 本件不動産には、昭和五六年一二月二八日受付第三二八一四号で、原因を同日付の根抵当権設定契約、債権者を控訴人、債務者を有本長三郎(以下「有本」という。)、極度額を四億円、債権の範囲を信用金庫取引・手形債権・小切手債権とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定登記(以下「本件登記」という)がなされている。

二、予備的請求原因

仮に、控訴人主張の根抵当権設定契約が成立しているとしても、その根抵当権はすでに消滅している。その消滅原因は次のとおりである。

1. (控訴人の担保保存義務違反による免責)

(一)  有本は、昭和五七年三月三一日、同人が約三分の一の共有持分を有する京都市中京区四条通大宮西入錦大宮町一三〇番の土地上にテナントビルを新築し、同年四月一四日控訴人との間で、この土地の共有持分権と建物(以下「大宮物件」という。)につき、本件根抵当権と被担保債権を同じくする共同担保として根抵当権(以下「本件追加担保」という。)を設定する旨の契約を締結し、同日、順位一番でその旨の登記を経由した。

(二)  控訴人は、昭和六〇年一二月一〇日、本件追加担保が本件根抵当権と共同担保の関係にあることを知悉しながら、本件追加担保を放棄(以下「本件放棄」という。)し、その抹消登記手続をしてしまった。

(三)  控訴人の右の行為は故意に担保を喪失した場合に当たるので、被控訴人は、本件不動産の所有者として、債権者である控訴人に代位して本件追加担保から償還を受けることができたはずの額につき免責されることになったものというべきところ、控訴人が放棄した本件追加担保の時価は九億円以上であり(有本の債権者が昭和六一年七月一八日に本件不動産について申し立てた競売手続において、昭和六三年三月一七日に九億一〇〇〇万円で売却された)、有本が控訴人に負担していた総債務額約一億円をはるかに越えるものであったから、被担保債権全部の弁済がなされた場合と同様、本件根抵当権は免責によって消滅したものというべきである。

2. (被担保債権の時効消滅)

(一)  有本は、日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)から、昭和五六年一二月三〇日に一億五〇〇〇万円の貸付(以下「第一次融資」という。)を受け、さらに同五七年四月一四日に二億五〇〇〇万円の貸付(以下「追加融資」という。)を受けたが、控訴人は、有本の委託を受け、右各融資について連帯保証をした。

(二)  有本は、昭和六〇年一二月一〇日に追加融資分の残債務一億七八〇〇万円を日本生命に弁済したが、第一次融資分の弁済をしなかったので、控訴人が昭和六一年六月五日にその残債務九九六九万九〇六七円を日本生命に弁済(以下「本件代位弁済」という)し、これによって有本の日本生命に対する債務は完済された。

(三)  その後、本件根抵当権の担保すべき元本は、取引の終了により本件代位弁済に基づく求償債権(以下「本件求償債権」という。)に確定した。

(四)  本件求償債権は、昭和六一年六月五日の代位弁済と同時に期限の定めのない債権として発生した商事債権というべきところ、右期日から五年が経過したので、被控訴人は本訴において右時効を援用する。

よって、被控訴人は控訴人に対し、主位的に所有権に基づいて、予備的に根抵当権の消滅を原因として本件登記の抹消登記手続を求める。

三、請求原因に対する認否

1. 主位的請求原因1及び4の事実は認める。

2. 同2及び3の事実のうち金再鶴死亡の点及び登記簿にそのような記載があることは認めるが、その他は否認する。

本件不動産は、登記簿の記載どおり、遺産分割協議により尹福麗ほか四名が共同相続することとなった後、被控訴人がその五名の共同相続人から持分権を買い受けて単独所有者となったものである。

3. 予備的請求原因1の(一)及び(二)の事実は認めるが、同(三)の事実は否認する。

控訴人は理由もなしに漫然と本件追加担保を放棄したのではなく、その被担保債権である追加融資による二億五〇〇〇万円が全額弁済されたからであり、その分だけ債務は減少したのであるから、被控訴人の代位による利益が失われたことになるわけではない。また、債務者である有本の脅迫的言動に抗し切れずにしたことでもあるので、控訴人に「故意または懈怠」があるとはいえない。のみならず、本件放棄当時、被控訴人は本件不動産の所有者ではなく、その後に、追加担保がすでに放棄されていることを知った上でこれを買い受けた第三取得者であるから、もともと債権者に代位して本件追加担保によって求償権を確保しうる地位にはなかったものである。

さらに、被控訴人は、本件根抵当権が付着したままの本件不動産を、時価から被担保債権額を控除した額の代金で買い受けた者であるから、この根抵当権が実行されたからといって、債務者に求償する権利はないはずであり、また、その求償権がない以上、これを保護するための代位権も認められないから、本件についてはそもそも民法五〇四条適用の余地はなく、本件根抵当権が免責によって消滅することもありえない。

4. 予備的請求原因2の事実はいずれも認める。

四、抗弁

1. (主位的請求原因に対し)控訴人は、昭和五六年一二月二八日に金再鶴との間で、前記登記簿に記載のとおりの内容の本件根抵当権の設定契約(以下「本件担保契約」という。)を締結した。

本件登記は右設定契約に基づくものである。

2. (予備的請求原因1に対し)控訴人と金再鶴は、本件根抵当権設定契約を締結した際に、控訴人の担保保存義務を免除する旨の特約(以下「本件特約」という。)を結んだので、本件不動産の第三者取得者である被控訴人も、控訴人の本件追加担保の放棄を理由に免責を主張することはできない。

3. (予備的請求原因2に対し)控訴人は、昭和六三年一一月二一日、京都地方裁判所に本件根抵当権に基づく競売の申立てをしたところ、同裁判所は同月二四日にその開始決定をなし、同決定は平成二年一一月一六日に有本に送達されたので、控訴人の有本に対する本件求償債権の消滅時効はこれによって中断されたというべきである。

五、抗弁に対する認否

1. 抗弁1の事実は否認する。

本件担保契約を記載した根抵当権設定契約書が作成されており、金再鶴がこれに根抵当権の設定者として実印を押印しているけれども、同人は従前から、文盲に近い状態にあった者であってその書面の記載内容を全く理解しておらず、ただ債務者であり実弟でもある有本に言われるまま騙されてこれに押印したにすぎない。控訴人の担当者による保証意思の確認もきわめてずさんであって、とうてい金再鶴の保証意思を確認したといえるようなことはしていない。

また、仮に契約が締結された事実があるとしても、それは、四億円の特定債権を担保するための通常の抵当権の設定契約であって、根抵当権の設定契約ではない。

2. 抗弁2の事実は否認する。金再鶴が本件特約を結んでいないことは、本件根抵当権設定契約についてと同様である。

3. 同3の開始決定は認める。

六、再抗弁

(抗弁2に対し)控訴人は、本件放棄をすれば本件不動産を担保提起している所有者が追加担保から求償を受けられなくなり、その利益が侵害されることになることを承知の上であえてこれを放棄した者であるから、控訴人が本件特約の効力を主張することは、信義則に反し権利濫用に該当するものとして許されない。

七、再抗弁に対する認否

否認する。

被控訴人が本件放棄をしたのは、前記(三の3)のような事情からであって、本件特約の効力を主張することはなんら信義則違反または権利濫用となるものではない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、主位的請求原因1及び4の事実は当事者に争いがなく、同2及び3の事実のうち金再鶴が昭和五六年一一月八日に死亡し、被控訴人が現に本件不動産を単独で所有することも当事者間に争いがない。

二、まず、抗弁1(本件担保契約の成立)について判断する。

本件担保契約を記載した根抵当権設定契約書(乙一号証、以下「本件契約書」という。)が作成されていること、同契約書の根抵当権設定者欄に金再鶴が自己の実印を押捺していることはいずれも被控訴人の認めて争わないところであるから、これらの事実により、本件担保契約成立の事実が一応認められるというべきである。

さらに、証拠(乙一、同四ないし六、同一〇、原審証人松田泰一の証言)によれば、本件契約書が作成されるにいたった経緯として、次の事実が認められる。

(1)  有本は、昭和五六年一一月下旬ころ、大宮物件を取得しその内装工事を行うための資金として四億円程度が必要となったので、控訴人に対しその融資方を申し込むとともに、担保として実姉である金再鶴所有の本件不動産及び大宮物件を差し入れ、かつ、同人がこれを連帯保証することを約した。

(2)  申込を受けた控訴人はこれに応ずることになったが、その融資の方法としては、日本生命が控訴人の連帯保証の下に有本に四億円を貸し付けるとともに、連帯保証人である控訴人の求償債権を担保するため、本件不動産及び大宮物件に根抵当権を設定し、かつ、金再鶴が右求償債務について連帯保証するという形をとる旨有本との間で合意が成立した。

(3)  そこで、同年一二月一〇日、控訴人の営業事務部次長松田泰一は、本件不動産の所有者であり連帯保証人予定者でもある金再鶴の意向を確かめるため、同人の自宅である本件不動産を訪問して面談した上、有本から右のように四億円の融資申込みがあり、金再鶴所有の本件不動産が担保提供される旨有本から聞き及んでいるが間違いないかどうか尋ねたところ、そのとおり間違いないので手続は有本と相談して進めてもらってよいとの返答であったので、松田としても金の担保提供意思に問題はないものと安心し、金の案内で同人の経営する染色工場を見学した後、同所を辞去した。

(4)  その後まもなく、昭和五六年一二月二八日付の本件契約書及び昭和五六年一二月三〇日付の金再鶴作成名義の債務保証約定書が有本から控訴人に差し入れられた。

右認定の事実と前記当事者間に争いのない事実とをあわせ総合すれば、本件契約書は金再鶴の意思に基づいて作成されたものであり、金再鶴と控訴人との間で本件担保契約が締結されたとの事実を認めるのが相当というべきである。

もっとも、右認定に反するかのような証拠として、原審における被控訴人本人尋問(以下「本件本人尋問」という。)の結果中の、金再鶴は、日本語を話すことはできるものの、日本語の文字は簡単な片言程度を読むことができるだけで、書くことは全くできず文盲に近かった者であるから、本件契約書は意味内容を理解できないまま有本に騙されて、これに捺印したものである旨の供述が存在する。

しかし、右供述は、その場に居合わせて実際に見聞した経験を述べたものではなく、単に推測を述べただけのものにすぎないばかりでなく、有本が金再鶴を騙して本件契約書に実印を押させたことを直接示す証拠はなんら存在せず、そのような事実を窺わせるような状況も全く見当たらない。また、金再鶴が日本語の文字の読み書き能力に欠けていたとの点も、十分に根拠のあることではなく、被控訴人自身の供述からも、金再鶴にある程度まで日本語の文字を理解する能力があったことが窺われるばかりでなく、甲第五号証(韓国戸籍謄本)及び本件本人尋問の結果によると、金再鶴は一九二〇年に韓国で生まれ、一二、三歳ころに日本に来て生活することとなり、尹明均と結婚してもうけた子供六人を成人させるとともに、呉服の染色蒸加工業を営んでいた父の家業を引き継いで、相当の資産を形成し、資産の管理も自ら行い、その印鑑も金庫に鍵をかけて保管していた等の事実が認められるのであって、これらの事実からすれば、金再鶴に日本語の読み書き能力が欠けていたとみるのは甚だ不自然なことといわざるをえない。

これらの点からすれば、被控訴人の前記供述には十分な信憑性があるものということはできず、これが前記認定を左右するに足るものということはとうていできない。またこの他に、右認定を動かすに足る証拠は見当たらない。

三、そこで次に、予備的請求原因1(担保保存義務違反による免責)について検討する。

予備的請求の関係では、本件担保契約成立の事実は当事者に争いがないことになり、また、予備的請求原因1の(一)(本件追加担保の設定)及び(二)(本件放棄)の各事実についても当事者間に争いがない。

ところで、被控訴人は、本件放棄はそれ自体で民法五〇四条所定の故意による担保の喪失に当たると主張するところ、同条が法定代位者の有する求償の利益保護を目的とする規定であることからすると、同条にいわゆる故意ありということができるためには、担保の喪失減少自体についての認識だけでは十分ではなく、法定代位者の有する求償の利益が害されるべきことについての認識をも必要とすると解する余地もあり、被控訴人の右の主張をそのまま採用することができるかどうかについては若干疑問がないわけではないが、右免責の主張に対しては、控訴人は担保保存義務免除特約を抗弁として主張しているので、右の点の判断はしばらく措くこととして、まず、この特約の抗弁から判断することとする。

四、抗弁2(本件特約)について

本件契約書(乙第一号証)が金再鶴の意思に基づいて作成されたものであることは前記認定のとおりであるところ、右証拠によれば、同契約書の第一二条1項には「根抵当権設定者は、貴金庫がその都合によって他の担保もしくは保証を変更、解除しても免責を主張しません。」との文言が記載されていることが認められるので、控訴人と金再鶴との間で本件担保契約が締結された際、同時に控訴人の担保保存義務を免除する旨の本件特約も結ばれたものと認めるのが相当である。

ところで、本件不動産については、登記簿上、金再鶴の死亡を原因として尹福麗ほか四名(被控訴人は含まれない)が共同相続し、次いで昭和六一年七月一一日、被控訴人が右共同相続人らからこれを買い受けてその所有権を取得した旨の記載があるので、事実関係がこのとおりであるとすれば、被控訴人は金再鶴の共同相続人から本件不動産を取得した第三者であり、控訴人と金再鶴との間の合意である本件特約の効力は被控訴人に及ばないといわざるをえないかのごとくである(ただし、被控訴人の主張するように、被控訴人を含む七名の相続人が本件不動産を共同相続したのち、遺産分割協議により被控訴人が他の共同相続人に代償金を支払って本件不動産の所有権を単独で取得したものであるならば、本件契約の効力は当然金再鶴の相続人である被控訴人にも及ぶことになり、右のような問題は生じないことになる。)。

しかし、担保不動産についての物上保証人や第三取得者のように債権者に対しなんらの債務も負っていない者について生ずる民法五〇四条所定の免責とは、債権者の担保権によって把握されている担保不動産の交換価値の限度において負担している当該担保不動産の責任の全部又は一部が消滅することにほかならないと解すべきところ、昭和六〇年一二月一〇日の本件放棄の時点において本件不動産を所有していたのは右特約の当事者である金再鶴の相続人であって、当然に右特約の効力を受ける立場にあった者であるから、この特約が有効である限り、本件放棄によって右責任消滅の効果が発生することはなく、また、その後に本件不動産を取得した被控訴人としても、そのような責任を負担したままの本件不動産を取得することになるので、結局、本件特約の効力が第三者である被控訴人にも及んだのと同様の結果となるものといわなければならない。

五、そこで以下、再抗弁(本件特約と信義則)について判断することとする。

民法五〇四条により法定代位者の享受すべき利益を予め放棄する旨を定めたいわゆる担保保存義務免除特約は一般的には有効であり、ただこの特約の効力を主張することが信義則に反し権利の濫用にわたる場合には、これを主張することが許されなくなるにすぎないと解すべきところ、証拠(乙一九、二三、二八、原審における証人松田泰一、同岸村国三の各証言)によれば、本件放棄にいたる前後の事情として、次のような事実が認められる。

1. 昭和五六年一二月頃有本に対する四億円の融資が決定されたことは前記のとおりであるところ、この融資は一度に実行されず、同年一二月三〇日にまず一億五〇〇〇万円を貸し付け、次いで同五七年四月一四日に追加融資の形で残額の二億五〇〇〇万円を貸し付けるという方法で実行された。

2. 有本に対する融資がこのように二回に分けて実行されたのは、昭和五六年一二月当時大宮物件の建築が未だ完成しておらず、直ちに担保権を設定することができない状態であったために、取り敢えず本件不動産の担保価値を考慮して、これに見合う一億五〇〇〇万円のみを第一次融資として貸し付け、翌五七年三月に大宮物件が完成し、本件追加担保の設定が可能になるのを待って、ほぼその担保価値に見合う残りの二億五〇〇〇万円を追加融資として貸し付けることにしたためである。

3. 昭和六〇年一二月、控訴人は有本から、同月九日に本件追加融資分の残債務を全額弁済するので担保の一部を解除して欲しいとの要請を受けたところ、有本がかねてより本件不動産の担保解除を希望していたので、追加融資の際に追加された本件追加担保ではなくて本件根抵当権の方を解除することにして内部的手続きを執り、所要の書類等の準備を整えた上、松田が右期日に約束の場所に赴いた。

4. ところが、その場に臨んで突然有本の方から、本件不動産ではなく大宮物件の方の担保解除を強く求められたので、松田は、右解除の要望に応じるためには金再鶴の相続人から了解を得る必要があることと、控訴人の内部的な手続を取り直す必要があることを理由に、その場において直ちにその要望に応じることはできない旨を回答した。

5. しかし、有本側からさらに大宮物件の買主に追加融資分の残債務を弁済してもらうことになっており、また、金再鶴の相続人にも異議を言わせないので是非大宮物件の担保(本件追加担保)を解除してほしいと言い立てたので、松田の方でも、本件追加担保が追加融資の際にそれに見合うものとして提供されたものであることを考慮し、また、有本による大宮物件の売却に協力する趣旨からも、この要請に応じるほかないと考えるようになった。

6. その結果、翌一二月一〇日、有本は大宮物件の売却代金によって追加融資分の残債務一億七八〇〇万円全額を弁済した。そこで、松田は、後日金再鶴の相続人から本件放棄について異議の申立てをさせない旨の念書を有本から差し入れさせた上、本件放棄の手続きをとり、大宮物件の根抵当権設定登記の抹消登記手続を完了した。

7. その後有本は、不渡手形を出したうえ昭和六一年四月三日に銀行取引停止処分を受け、行方不明となってしまったので、同年六月五日控訴人は有本の保証人として第一次融資分残債務九九六九万円余を日本生命に弁済し、被控訴人を含む金再鶴(有本の連帯保証人)の相続人に対しその求償権を取得することとなった。

8. 一方、被控訴人は、昭和六一年四月一五日ころから控訴人に対し、一〇〇〇万円の解決金を支払うので本件根抵当権を抹消して欲しいと申し入れるようになり、同年六月ころにも金再鶴の相続人が責任を負うべき一億円はいずれ払うから、本件不動産の競売は待ってもらいたい旨の要請をしたことはあったが、本訴に至るまで、控訴人による本件追加担保の放棄によって自己の求償権が侵害されたとか、本件根抵当権が消滅したなどを主張したようなことはなかった。

以上の認定事実によれば、本件放棄は、追加融資の際にそれにほぼ見合う担保価値を有するものとして提供された追加担保を、当該追加融資分を債務の完済と同時に放棄したものであり、また、債務者側の強い要望に対し追加担保物件の売却処分に協力する立場からこれに応じたものであって、被控訴人の側でも、それによって自己の求償権が侵害されたり、本件根抵当権が消滅したなどと争ってもいなかったのであるから、控訴人が本件特約の効力を主張することが信義則に反し権利の濫用にあたるものとはとうてい認めることができないというべきである。

六、予備的請求原因2(消滅時効)及び抗弁3(時効の中断)について

予備的請求原因2の各事実は当事者に争いがないので、抗弁3の点について判断する。

右請求原因事実によれば、控訴人は昭和六一年六月五日、有本に対し期限の定めのない本件求償債権を取得したものであり、これが本件根抵当権の被担保債権として確定したものというべきところ、証拠(乙二四ないし二七)によれば、控訴人は、昭和六三年一一月二一日に京都地方裁判所に本件根抵当権の実行として本件不動産につき競売の申立てをし、同裁判所は同月二四日に競売開始決定をしたこと(開始決定については当事者間に争いがない。)、同開始決定は平成二年一一月一六日債務者有本に公示送達されたことがそれぞれ認められる。

このように、債権者が根抵当権の実行として担保不動産の競売を申し立て、裁判所が競売開始決定をしたうえ債務者にその開始決定を送達したときは、民法一五五条により、その被担保債権の消滅時効中断の効果が生じるものと解するのが相当であるから(最高裁判所昭和五〇年一一月二一日第二小法廷判決・民集二九巻一〇号一五三七頁参照)、本件求償債権についても時効中断の効果が生じたものといわなければならない。

七、結論

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がなく、これと異なる原判決は不当であって本件控訴は理由があるので、原判決を取り消した上本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 野村利夫 楠木新)

〈以下省略〉

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